森田季節「エトランゼのすべて」舞台探訪@京大構内・オマケに西宮


森田季節さんの「エトランゼのすべて」(星海社FICTIONS、2011年10月発売)の舞台探訪記事です。


京都大学に入学した針塚圭介は、「京都観察会」という目的の良く分からないサークルに試しに出向くと、黒髪美人の謎めいた会長に、名乗ってもいないのに地元の情報・生活行動を次々言い当てられてしまいます。ゆるゆると大学生活を過ごすうちに、京都観察会の本当の目的に迫って行くというお話。全9話構成。


第1話を公式サイトで試し読み出来ます。
http://sai-zen-sen.jp/fictions/etranger/


森田さんが京都大学出身というだけあって、舞台描写はかなり詳しいです。イラストは「空色パンデミック」(ファミ通文庫)、「俺はまだ恋に落ちていない」(GA文庫)などの庭さん。



本作発売から1ヶ月後という丁度良いタイミングで開催された、2011年11月23〜26日のノーヴェンバー・フェスティバル(NF)に11月25・26日の二度訪れました。
「長ったらしいうえに、どこか恥ずかしくもある」ので、針塚は学園祭と呼んでいます。


11月26日にはヤマカンこと山本寛監督の講演会がありました。
京大11月祭のヤマカンこと山本寛氏講演会採録 ルサンチマン誕生秘話、ハルヒとフラクタルの失敗の反省など - きーぼー堂
ちなみに京大は初訪問で、母校以外の大学祭訪問は関西大学京都産業大学神戸女学院神戸夙川学院大学に続き5校目。

時計台前。2011年の統一テーマは「年に一度の計画発電」でした。

QB!?

この共東(きょうひがし)31講義室の通路が、いまや自分にとってのルビコン川となっている。もしかすると、ここで引き返すかどうかで人生が激変するかもしれない。できれば、もっと劇的な場所であってほしかった。かといって、火サスのような崖の上でも困るのだけど。(P11)

京都観察会の新勧の集合場所となった共東31講義室。ここで針塚は会長に初めて出会います。京都観察会のチラシはこの教室の前の掲示板に貼られていました。針塚については判断しにくいですが、少なくとも一人の人生は激変させる事になったと思います。良い意味で。

実際に訪れてみると、もちろんごく普通の教室でした。共東31講義室はゲームのサークルが使用していて、無料の同人誌を一冊貰って来ました。京都観察会が学園祭でどの教室で展示を行ったかは、作中には書かれていません。

よく見ると、新歓はあと一回しかなかった。(中略)場所は目の前の共東31教室。この時点でメジャー感はない。和歌山線沿線の人間としてはちょうどいい。ちなみに僕は万葉まほろば線だとか、名前だけすごそうにするこけおどしは嫌いだ。(P30)


針塚は、京都市百万遍近辺(P20他)に下宿し、実家はJR和歌山線隅田(すだ)駅近辺のようです。万葉まほろば線(和歌山線と接続している桜井線の愛称)に関しては同感。桜井線は畝傍駅和歌山線香芝駅五位堂駅しか行った事が無いのですが、隅田駅もいつか行ってみたいです。古い駅舎があるようだし。
隅田駅 - Wikipedia


<↓3月8日22時代追記>
実在看板少女のさがし方2012-01-25 萌えキャラがペイントされまくった駅舎「隅田駅」
隅田駅、Wikipediaの駅舎写真からは想像もつかない事態になってるんですけどwwwww
もっと早くこうなっていれば、針塚の話のタネの一つにでもなった事でしょう。<追記終わり>


他に、中道(香澄)さんの実家は福井県鯖江市の福井鉄道西山公園駅(P67)という事が分かります。森田さんが福井県在住だからでしょう。
西山公園駅 - Wikipedia


「桜木メルトの恋禁術」(2009年、MF文庫J)の舞台の十雪市も、日本のメガネフレームの95パーセント、世界の20パーセントを生産していて、動物園で飼育しているレッサーパンダが日本一多い(P102)って、明らかに鯖江市がモデルです。

そんな食堂の話を会員相手に語っていた(会長と話した内容は適当にぼかした)。
場所はカフェテリア・ルネである。生協の本屋の上の階にあるので、ゆったりと読書にふけることも可能だ。名前ほどオシャレな店内ではなく、基本はただの食堂だが、たしかにパフェなど喫茶系のメニューも多い。


少なくとも大学で彼女ができたら、中央食堂よりはルネで食事をするべきだろう。バイト先を悪く言うのはポジショントークのようで嫌だが、地下にある中央食堂は照明も暗く、どことなく盛り下がるのだ。(P59)


京都観察会の週2回の例会が行われるルネ。山本寛監督講演会の直後に行きました。エトランゼ〜の舞台である事に加えて、山本監督が京大時代の「怨念戦隊ルサンチマン」制作時にルネで議論し合ったというエピソードが出て来ていたので、感慨深いものがありました。
イメージと違い、他の校舎とは4車線の道路により隔たれていました。

カフェエリア・ルネへの階段。

2枚合成

会長はここのパフェが好きみたいですね(P65)。

確かに思っていた以上に「名前ほどオシャレな店内ではな」いですが、かなりメニューが豊富で驚きました。私が食べたのは焼豚ラーメン(441円)です。ここで本を改めてチェックし、次に周る場所を考えました。

ルネのテラスもルサンチマンのロケ地になっていると分かったのは後の事。4分16秒辺りと比べてみよう!


第2話で針塚がバイトを始める「中央食堂」は2011年8月から2012年3月まで長期閉店しています。でも挿絵の学生証からすると、本作は2010年度の話のようなので問題ありませんw 写真はルネにて。


地下にある事は作中でも描かれています(P59)。皿洗いの描写がリアル。バイトの相手は今日も女性だが、モテ期が到来したとかではなく、タイムふろしきが有れば三十年分時間を戻したい(P86)、という下りは今では凄く共感出来ますw


第4・6話で針塚が会長に出くわす附属図書館。
ショックを受けた針塚が座り込んだ、「図書館前の階段」(P183)も見えます。

図書館入口。会長は学生証を忘れたと言って、持っていた本を借りさせています。学外の者でも、利用申請書に記入すれば入館可能のようです。但し、貸し出しは出来ません。*1


針塚の通学ルートも探訪していますが、掲載はまた今度。
森田季節「ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート」舞台探訪@神戸市垂水区 - きーぼー堂
森田季節「ともだち同盟」舞台探訪@山陽電鉄滝の茶屋駅(1) - きーぼー堂
森田季節「ともだち同盟」舞台探訪(4)@三宮、山陽電鉄須磨浦公園駅 - きーぼー堂


最近は森田季節作品の発売ラッシュとなっています!
1月23日:神聖魔法は漆黒の漆原さん (MF文庫J)
2月16日:お前のご奉仕はその程度か?3 (GA文庫)ドラマCDも発売中→公式サイト
3月7日:落涙戦争(講談社)
3月17日:ノートより安い恋(一迅社)
3月30日:デキる神になりますん (ファミ通文庫)

●オマケ1・森田季節作品と西宮
「エトランゼのすべて」の本筋以外で一番驚いたのが、先週阪急を乗り継いで神戸に行って来たが、北野異人館に寄れなかったのが残念だった、と針塚が述べた後です。

知り合いの神戸人が驚くほど北野について何も知らないので、情報も収集できなかった。勝原さんも実家は西宮の門戸厄神という駅の近所らしいが、「幼い頃に一度行ったらしいけど、覚えてない」とのことだった。(P174)


2012年3月7日撮影
勝原さんの実家は阪急今津線門戸厄神駅の近所!?身近過ぎる!!まあ、本当に出るのは駅名だけで舞台とは言えないんですけどね。

左が勝原さん。フルネームは勝原理沙。針塚は勝原さんのバイト(中古CD屋)のバイトの手伝いをする事になります。


森田さんが2010年に出した「不動カリンは一切動ぜず」(ハヤカワ文庫JA)にも、主要な舞台は神戸市垂水区ですが西宮市に関する描写が二つあります。


一つ目は、言葉(ときは)が勇(いさみ)に良く会いに訪れる五十嵐邸は、「兵庫県西宮市の北の山のふもとにある」(P264)。

二つ目、本来は太陽神だったヒルコ=昼子が西宮に流れ着き西宮神社に祀られている事、日本神話の最高神天照大神=太陽神である事を元に(ここまでは良い)、滝口統湛(とうたん)は娘の兎譚(とたん)にトンデモない話を2ページに渡って語る場面。

「つまり、西宮とその周辺の土地は神に連なる土地なのです。巨大神殿である甲子園があるのもそのためです。」
「は?何言ってるんですか?」


「(中略)その神はおそらく光のような姿をされているでしょう。神はあまりにも尊い存在ですが、そうかしこまる必要はありません。なぜなら我々にも神の一部分の情報が入っている、つまり、神の半身なのです。ここを本拠地にしているチーム名もハンシンでしょう。ハンシンのユニフォームが白と黄色という光を象徴するものであるのも神の力を示すためなのです。その神が夏至に程近い七月七日、毎年我々に最も接近するのです。ああ、そういえば、昔、ここに住む少女を舞台にした小説があり、少女の名前はカタカナでハルヒと言ったはずですが、この名前も漢字にすれば、おそらく晴日、光の神を暗示した名前なのは明白です。アサヒナという名の登場人物も朝日を意味しているように――
そんな統湛の話を兎譚はほとんど聞いていなかった。(P303)

実に森田さんらしいこじつけの連鎖というか、ここでハルヒまで出て来るのが驚きでしたw ちょうど7月7日はハルヒにとっても重要な日付です。この後は、意外にも全く西宮は出て来ません。


「原点回帰ウォーカーズ」(2009年、MF文庫J)では西宮のごろごろ岳がモデルらしきゴロゴロ山が登場します。
森田季節「原点回帰ウォーカーズ」舞台探訪@神戸市西区・学園都市 - きーぼー堂


ブックファースト阪急西宮ガーデンズ店の森田季節さん「ともだち同盟」サイン色紙 - きーぼー堂
寺社巡りが趣味の森田さん。この色紙によれば神呪寺も訪れているそうだし、門戸厄神東光寺にも来ているのかも知れません。


●オマケ2 学園祭巡り

アニ研とニコニコカフェの看板。

漫研で購入した「みおちゃんカレンダー」の表紙。


僕にとって「みお」と言えば、
1.上月澪(ONE〜輝く季節へ〜)
2.秋山澪(けいおん!)
3.石動美生(えむえむっ!)
の3人が筆頭ですが、この3人はもちろんマニアックなキャラまで月ごとに色々な「みおちゃん」が何人もの部員によって描かれています。表紙では上月澪の持ってるスケッチブックが澪つくしなのが芸が細かいw

*1:私の母校は利用証(1年間)交付の受付期間が春と秋の各約10日間だけで、しかも1000円かかるといい、それに比べれば手軽です。

森田季節「ともだち同盟」舞台探訪(4)@三宮、山陽電鉄須磨浦公園駅

ともだち同盟の舞台は去年8月に行った大河原駅滝の茶屋駅だけ掲載して止まっていましたが、久々の掲載です。5月に須磨方面を中心に探訪しました。


今回紹介するのは、第一章「山陽電気鉄道月見山駅」P27〜29、弥刀が高校に入って間もない日曜の事を回想するシーンで登場する2ヶ所です。ジュンク堂は2011年5月23日、須磨浦公園駅2011年5月7日の撮影です。


弥刀は三宮へ買い物に行き、入学祝いに貰った図書カードでジュンク堂で本を、地下のHMVでCDを買っています。

ジュンク堂書店三宮店。ともだち同盟発売以前も来た事があります。雨の場面なので雨だと分かる場所で写してみましたが、三宮駅から来たらここは通らないんですよねえ。


三宮センター街側の入口から弥刀は入ったのでしょう。

弥刀は帰りの電車で寝過ごして終点の須磨浦公園駅まで行ってしまいます。
そこで「弥刀と千里の出会い、弥刀と芝宮の実質的な出会い」がありました。

いつ来てもここは閑散としていて、懐かしさと物悲しさが入り混じった気分にさせる。
駅の横からは山にのぼるロープウェーが出ているが、小雨がぱらついているから行楽客もいないのだろう。


駅の真上にあるのが鉢伏山への須磨浦ロープウェイの乗り場。確かに、電車が去ると寂しい雰囲気が漂います。

とりあえず、地下道からのぼりのホームに移動して、次の普通を待つ。
そして、そののぼりホームのベンチに二人の少女が座っていた。片方はうっすらと笑みを浮かべて、もう片方は飽きたような顔をして。


つまらない写真ですが、地下道。三宮方面行きホームに移動します。

弥刀視点で。

このベンチのどちらかですね。

ベンチは他にもありますが、雨の日に露天のベンチに座るはずは無いですし。



駅で一時間を無為に過ごし、外に出て見た須磨浦公園駅の外観。作中では外には出ませんが。

駅を出るとJR山陽本線が通っていて、その向こうはすぐ海です。


弥刀が三人の出会いを回想した後、弥刀は芝宮と千里の女子二人に須磨海浜水族園の案内をし、その後須磨海岸を歩き出してから千里がこんなセリフを言ってのけます。


「一ノ谷の合戦はこのあたりの海岸線で行われたわけですよね。きっと八百年ほど前は、この海水浴場も飛び散った血や腕で死屍累々の地獄絵図だったでしょう。
そんなところを交際中の男女が歩くわけですから、時代は移り変わるものですねえ。落ち武者の怨霊でも憑けばいいのに」(P31)


須磨浦公園駅の近くで一の谷合戦の名残に出会いました。

「敦盛塚石造五輪塔
1184年(寿永3年)2月7日に熊谷直実によって首を討たれた16歳の平敦盛の供養をするためにこの塔が建立されたという伝承があり、室町時代末期〜桃山時代の物と推定されているようです。


隣にその名も「敦盛そば」というそば屋がありました。江戸時代からの歴史がある店とは思いもよらず。


以下の写真は2010年8月に阪急百貨店・阪神百貨店共同企画「鉄道模型フェスティバル」の阪急百貨店会場で展示されていた須磨浦公園駅ジオラマです。

当時須磨浦公園駅は未訪でしたが、今見ると実に良く出来ていると分かります。



作中のベンチは矢印の場所です。


他の森田季節作品の舞台探訪記事



森田季節さんの新刊「お前のご奉仕はその程度か? 」(GA文庫)は7月15日発売です。
短編「魔女は言葉を投げ捨てる」掲載のコミック百合姫9月号は7月18日発売です。


森田季節さんのブログ→森田電鉄

森田季節「原点回帰ウォーカーズ」舞台探訪@神戸市西区・学園都市

森田季節さんの「原点回帰ウォーカーズ」(MF文庫J)の舞台探訪記事です。特記以外2010年7月17日撮影。ちなみに本作1巻は6月の話。


地下鉄板宿駅のホームの壁の駅名表示がボロボロだった・・・。右は新長田駅。


作中には直接登場しませんがこの舞台探訪の拠点、神戸市営地下鉄学園都市駅。「とある魔術の禁書目録」の学園都市を思い浮かべる人も多いでしょうが、こちらが元祖です。
 
園都市は正式名称を「神戸研究学園都市」と言い、学園都市駅周辺に大学5(流通科学大学神戸市看護大学神戸市外国語大学神戸芸術工科大学兵庫県立大学)・高専1(神戸市立工業高等専門学校=神戸高専)・高校1(兵庫県伊川谷北高校)・中学校1小学校2が密集しています。
 
園都市は学園都市駅を境に学園東町、学園西町に分かれています。
ちなみに駅前のキャンパススクエアは「Piaキャロットへようこそ!!」の背景モデルになっているそうです。*1

大きな地図で見る
この地図中、垂水駅から名谷あじさい公園(垂水IC南)付近は同作者の「ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート」山陽電鉄月見山駅須磨駅滝の茶屋駅垂水駅などは「ともだち同盟」に登場しました。
今回神戸市外国語大学に用があり、流通科学大学を受験して以来3年ぶりに学園都市を訪れて時間が余ったので「原点回帰ウォーカーズ」の舞台探訪をしてみる事にしました。

*1:柚耶さん情報。Pia☆キャロットへようこそ!! 16号店 (´・ω・`)の134で画像を見られる。学園特区と学園都市で名前繋がり?

森田季節「ともだち同盟」舞台探訪@山陽電鉄滝の茶屋駅(2)

阪急甲陽園駅1号線2年ぶり使用再開、2号線は廃止 - きーぼー堂が書き終わりました。

その1に続き森田季節さんの「ともだち同盟」の重要な舞台、神戸市垂水区滝の茶屋駅滝の茶屋駅前商店街の舞台探訪レポートです。駅は8月24・26日、駅の外は24日に探訪しました。

滝の茶屋駅森田季節さんのデビュー作「ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート」の舞台の名谷あじさい公園まで直線距離で約2kmで一応最寄り駅ですが、不便過ぎるので普通は垂水駅からバスを使います。

下り(姫路方面行き)ホームの向こうに見える海。与謝蕪村が「春の海 終日(ひねもす) のたりのたりかな」と詠んだのはこの辺りだそうです。
神戸新聞 音を見る 春の章(4)ひねもす夕なぎ、まどろんで ウェブ魚拓
滝の茶屋駅の動画あり
駅が西国街道(現在の国道2号線)上の路面停留場だった大正〜昭和初期は2間(約3.6m)の道路を隔てて海と近接し(埋立地は無かった)、台風の時には海岸の擁壁を越えた波が電車の上から滝のように降って来たといいます*1

駅の下には駅名と「垂水」の地名の元となり、更には万葉集に収められている志貴皇子の「石ばしる 垂水の上の さわらびの 萌えいずる春に なりにけるかも」の句の垂水=滝の名残という「白滝」があります。その辺りは前回記事に少し追記しました。

「さて、少し買い物をしていきますかね」
駅の北側の坂には「滝の茶屋駅前商店街」と書かれた青いアーチがかかっている。けれど、その両側には店舗らしきものはなくて、ありふれたつくりの住宅ばかりだった。廃業してしまっているのかと思ったが、そもそも何十年も前からここには店なんてものはないようだ。


駅から商店街の方を見たところ。

アーチの上の部分は明石海峡大橋をモチーフにしていました。

「両側には店舗らしきものはなくて」でも無く道の右側は喫茶店洋品店、リフォーム店(ワークショップ)、ドッグサロンなど店舗がありますが、左側は普通の住宅ばかり。すぐ突き当たりになり確かに初めての人は「これぽっちで商店街・・・?」と思うでしょう。

看板に偽りありだろとそのまま坂をあがっていくと、すぐに突き当たりになる。そこから一本ずれた筋から商店街が始まっていた。


あっという間に突き当たり。突き当たりから右に行くといくら進んでも商店街らしい筋は現れず、戻って左へ行って角を右に曲がると商店街の続きがありました(下調べもせず地図も持たずに探訪していたもので)。

大半の店はシャッターが下ろされて静まりかえっている。よく見ると「休業日 日曜日」の表示のあるシャッターが並んでいた。開いているのはパン屋とチェーン店のスーパーぐらいのもので、そのスーパーに千里は入っていく。


やっと商店街らしくなって来ましたが、日曜日でも無いのにシャッターの閉まっている店ばかり・・・。

商店街の終盤まで行くと「パン屋とチェーン店のスーパー」のある場所に着きます。


千里が買い物をしたのはトーホー滝の茶屋店。トーホーストアは神戸市を中心に兵庫県40店、福岡県5店があり、神戸地区第1号店は垂水店(昭和38年4月開店、昭和46年12月廃止)だった*2そうです。
森田季節さんが自身のブログでトーホーと東方をかけてネタにしています。
森田電鉄2010-4-10 言葉辞典 幻想郷三重県説・兵庫県説

[,left]「開いているのはパン屋とチェーン店のスーパーぐらい」と書かれたパン屋はトーホー滝の茶屋店の向かいの「リストワール」と思われます。定休日はありません。
後から分かりましたが、滝の茶屋駅前商店街は映画「ホームレス中学生」(2008年)のロケ地にもなっているようです。参考:キラキラ☆ハッピーライフ 2008年最後のホム中ロケ地巡りin神戸(12月30日)


上記ブログによればこの辺りが「ホームレス中学生」に出ているらしい。たまたま写していました。
追記:9月20日に鑑賞、確認しました。滝の茶屋駅も少し登場します。主要ロケ地は大阪府吹田市

商店街にあった由緒正しそうな地名。東垂水小を過ぎて王居殿第五住宅の辺りまで上って景色を見てから駅へ引き返しました。

「着きましたよ」
千里が駅のほうに戻っていくと、いつの間にか目の前に目的地があった。どこにでもありそうな一軒家が千里の住処だった。すぐそばは駅のはずなのに、どの道を通ってきたかもう弥刀は思い出せない。

千里の家の場所は駅の方というだけでヒント無し。それでも、この街が千里の地元かと思うと感慨深いです。おっと朝日も。


アーチと駅の隙間に海がのぞいています。商店街の活気の割にはアーチが新しい。清の放浪記http://www.ntv.co.jp/dash/sei/ '99「関西散財」には99年当時のアーチの写真が掲載されています。 ウェブ魚拓

駅舎に入ると現れる階段。滝の茶屋駅は1969(昭和44)年に橋上駅舎化されました。

18段の階段を上ると改札口。無人駅でも無いのに駅員の姿はありませんでした。ここからホームに行くには長い階段を下りる必要があります。冷房が無くて暑い。
「改札やホームが道路より高い位置にあるから、必ず階段を一度は上らないと使えない。」とP53に描写されていますが、エレベーターもエスカレーターも無いのでお年寄りや車椅子・ベビーカー利用者にとっては困った駅です。

そのためバリアフリー化工事が7月20日より始められていて、訪れた時は工事の真っ最中でした(工事のお知らせ)。来年1月31日までの予定。ここにどうやってエレベーターを設置するのでしょうか。右上に商店街のアーチが見えています。

上りホーム階段の海側外壁が撤去されていました。改築後はこちらに窓を作って欲しい。


山側の上り(三宮方面行き)ホームに迫る住宅地。

上りホームには、淡路島と明石海峡大橋をバックに海上を飛ぶ山陽3000系に乗る子供たちが描かれた、実に滝の茶屋駅らしい絵があります。最新の5000系の一世代前の3000系なので90年代以前の絵かと思いましたが、神戸市立垂水東中学校の生徒が2004年6月に制作したようです。

3000系実車との共演。「3030」は実在します。

滝の茶屋のホームは夏だというのに海からの風で、どこか寒々としていた。橙色の阪神の車両が弥刀の横を駆け抜ける。この時間帯だと月見山にすら停まる特急がここには停まらない。

P65より、千里の家を後にした弥刀。

弥刀が月見山駅に帰るために立っていた上りホームです。弥刀は後日反対側の下りホームに立つ事になります。

滝の茶屋駅を通過する阪神8000系梅田行き直通特急阪神8000系は後にP111の垂水駅の場面で系列名まで示されて登場します。
P29で「(滝の茶屋駅月見山駅は)ともにラッシュ時間帯には特急が停まるのだ。」とあるので月見山駅特急終日停車になった2009年3月ダイヤ改正以前が念頭に置かれているのかと思いました。


するとP65の「この時間帯だと月見山にすら停まる特急がここ(滝の茶屋)には停まらない」で混乱する事になりましたが、ここは「月見山にすら停まる特急がこの時間帯は滝の茶屋には停まらない」、先のP29が「(月見山は普段から特急停車駅だが)ラッシュ時間帯には月見山と滝の茶屋ともに特急が停まるようになる」と解釈すれば現在のダイヤで問題ありません。


P53で千里は滝の茶屋駅について「これでも朝は特急が停まります。」としか言っていませんが、実際は滝の茶屋駅は朝=始発から9時半頃の上り直通特急の他に夕方=16時20分頃から終電まで下り直通特急が停車します。P111に「滝の茶屋に特急が停まらない時間帯だったので、待ち合わせは垂水駅のホームにした。」という描写もあり。

なし崩し的に、三人は車内で会うのを一日のルールに定めた。それが古来の慣習だったみたいに。

P28より。弥刀は滝の茶屋駅から、千里、朝日は5つ東の月見山駅から高校の最寄りの高速長田駅まで同じ上り特急に乗り合わせて通学していますが、特急が通常の月見山駅だけでなく滝の茶屋駅にも「ともに」停車しないと三人は車内で会う事が出来ないわけです。


弥刀通学区間の朝夕の直通特急の停車駅は三宮方面に向かって滝の茶屋、山陽須磨月見山、板宿、高速長田。P96の「甘酸っぱい乗車時間は特急二駅わずか五分で終わりになる。」は月見山高速長田の事で駅数も時間も合っています。

追加取材がいつになるかちょっと分かりませんが、次のともだち同盟舞台探訪記事は月見山駅周辺の予定です。取材済みの「原点回帰ウォーカーズ」の記事が先になるかも。

2010-9-25 森田季節「原点回帰ウォーカーズ」舞台探訪@神戸市西区・学園都市駅周辺




関連リンク
既読の方向け
物語三昧〜できればより深く物語を楽しむために 『ともだち同盟』 森田季節著 ここから「どこ」へ向かうのかが楽しみ
「わからなさ」が売り・・・確かに森田作品はわからなさが付き物ですが、だがそれがいい


nonki@rNote - 「ともだち同盟」現地探訪 箕谷駅から
ネタバレは無いので、読む前の予備知識という感じで。



未読の方向け
fsndのブログ    森田季節「ともだち同盟」聖地巡礼
↑私より多くいっぺんにともだち同盟の舞台に行かれていて驚きました。
 Disappear, and say whom 『ともだち同盟』/ 森田季節
↑ともだち同盟のレビューです。この物語で起きた事の本質はトリスタンどうこうでは無く千里の強い自意識にあると。

過去記事
2010-8-21 森田季節「ともだち同盟」舞台探訪@JR関西本線大河原駅
2010-5-27 森田季節「ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート」舞台探訪@神戸市垂水区


9月25日にハヤカワ文庫JAから「不動カリンは一切動ぜず」、10月25日にMF文庫J「不堕落なルイシュ」2巻が刊行、11月にコミック百合姫にて書き下ろしの短編を発表予定との事です。 森田電鉄 不動カリン、表紙公開です

森田季節「ともだち同盟」舞台探訪@山陽電鉄滝の茶屋駅(1)

兵庫県が運営するブログひょうごっつ☆くーるで「ともだち同盟」が紹介されました。
森田季節『ともだち同盟』/有川浩『阪急電車』: ひょうごっつ☆くーるβ版
「ともだち同盟」に登場する駅の中でも読者が一番行ってみたくなる・印象に残る駅は山陽電鉄滝の茶屋駅(兵庫県神戸市垂水区城が山)でしょう。8月24日に滝の茶屋駅と商店街を探訪、天気は良いのに遠くが霞んでいたので26日に改めて構内のみ撮影し直しました。
 
ともだち同盟の舞台の駅はJR関西本線大河原駅(8月19日探訪、21日掲載)に続いて二駅目の掲載。話の順番的には山陽電鉄月見山駅が来るべきですが、取材が不十分なもので・・・。

大きな地図で見る
滝の茶屋駅はヒロイン・千里と朝日の最寄り駅。主人公・弥刀は滝の茶屋駅の5つ東の月見山駅の近くに住んでいます。3人は特急で高速長田駅の近くの高校に通学しています。
 
以下の本文は滝の茶屋駅が最初に登場する「第一章 山陽電気鉄道 月見山駅」から。「第二章 山陽電気鉄道 滝の茶屋駅」に関係するネタバレは避けておきます(どうせ裏表紙側の帯に書いてあるけど)。弥刀が千里に垂水駅近くのアウトレットモールに連れて行かれた後、二人で滝の茶屋駅近くの千里の自宅へ歩いて向かう場面です。


目次

どこまで行くんだろうと不安になったところで、やっと千里の手押し自転車は左に曲がった。坂を少しのぼるとまた左折。すると小さな駅が見えた。そこが滝の茶屋駅だった。
「ボロい駅でしょう。生まれた時から変わっていません」
確かにその駅は外観だけ見るとみすぼらしい。駅の横に間借りするように建っている本屋もつぶれているらしく、店の名前があった箇所はテープを貼って読めないようにしていた。かろうじて「書店」の二文字だけが類推出来る。売店も長らく閉鎖されているようだった。



特に見所も無い駅舎でつまらない。読んだ時は何となくJR阪和線浅香駅のような駅舎を想像していました。

駅舎の隣の店舗跡は、「書店」ではなく「外商部」の字が読めました。
商店街にあった地図によればブックフォーラム滝の茶屋店という書店があったのは確かのようなので、作中では分かりやすく改変しているみたいです。

 
9月11日追記:ブックフォーラム滝の茶屋店は2004年5月に閉店した*1との事。

山陽電気鉄道百年史より。1978(昭和53)年12月から滝の茶屋駅の横に山陽そば(たいやき屋・寿司屋も併設)があったようですが、いつから書店に変わったのかは不明。これだけのスペースがありながら今は倉庫代わりになっています。当時の滝の茶屋は今より賑わっていたのでしょうか。

駅の前も狭い。というか、そもそも駅前と呼べるようなロータリーなんてない。駅の向かい側に中華料理屋と喫茶店があるものの、その間を隔てるのは車が二台並べないほど狭い幅の道路で、バスも走っていなければタクシーの客待ちだって不可能だ。もっともタクシーの客待ちが必要なほどにぎわってもいないけど。


左がその中華料理屋。奥が喫茶店ですが、シャッターが閉まっていました。

「あ」
やけに狭い街や駅だということをあらためて実感した。海側にあるくだりホームの向こうには何もない。ホームの後ろには壁すらもなく、その先には海の景色が広がっている。話の通り、この滝の茶屋のあたりは段丘で、その段丘の一番南の際に駅がへばりついている。海を埋め立てる前はこの真下が海だったのかもしれない。もし、駅の手前に地割れでも起こったら駅そのものが何メートルも下に落ちるんじゃないだろうか。


絵になるな〜。この場面で弥刀は道路から柵越しに駅構内を見ています。写真は上りホームから。滝の茶屋駅を舞台にpixiv*2で二次創作イラストを描いた方もおられます。http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=12387734

下りホーム。

下りホームからの眺め。山陽電鉄で一番海が良く見える駅で、並走するJR山陽本線にもこれほどの駅はありません。
駅が出来る前は分かりませんが、1980年代に埋め立てで平磯緑地が出来るまでは国道2号線のすぐ向こうが海だったようで、1979年の国土交通省航空写真で確認出来ます。←この航空写真で国道2号線の海側に住宅が建っていない区間滝の茶屋駅があります。 Googleマップ 滝の茶屋駅と比べてみて下さい。
森田季節さんは84年生まれですが、85年の航空写真では埋め立てが済んでいるので埋め立て前は知らないですね。

下のJR山陽本線を走るHOT8000系。ここはJR塩屋駅垂水駅の間に当たります。崖の下にJR線がある事は第二章P102に書かれています。

想像していたより遥かに高低差がありました。「駅そのものが何メートルも〜」は何十メートルの方が良いですね。確かにこの高さなら……。
 
作中では詳しい描写はありませんが、滝の茶屋駅下りホームからの眺めを紹介してみます。

左を見ると、海の向こうの一番左端が大阪。

左のマンションは眺めが良さそうですね。オレンジ色の屋根は塩屋漁港の海苔工場。海の方を拡大してみると・・・

右手前の海上の円形の建物と釣り台は須磨海づり公園。左端が舞洲ごみ処理場、右の方にORC200(弁天町オーク1番街)など

右端が南港のWTC播磨灘のメモ帳 ヤマトを恋ふるプラットホーム。―山陽電鉄・滝の茶屋駅―によれば、JR堺市駅前のツインタワーマンションも見える事があるそうです。

右を見ると淡路島。

明石海峡大橋

淡路島

淡路SAの大観覧車がぼんやりと見えます。

8月28日13時52分撮影 大阪・神戸方面(左)と淡路島方面(右)を行き来する船の動きを手に取るように見る事が出来ます。何だか「空行く船は〜俺の船〜♪」とキャプテンハーロックを歌いたくなりました。
中央のフェリーは大阪南港を12時40分に出航して20時に愛媛県新居浜港に到着する四国オレンジフェリー下り2便と思われます。この10分ほど後には淡路島まで進んでいました。
 
「滝の茶屋」の駅名の由来については千里が解説してくれますが、ここでは補足として神戸市ホームページの神戸市垂水区:地名あれこれなどから引用します。

かつて、東垂水から塩屋にかけての海岸の崖に数多くの滝があった事から、旅人の多くは、ここでノドの渇きをいやすことを楽しみにし、海沿いに道が無かった頃は滝口に船を寄せて飲み水にしていたといいます。
 
海岸沿いに西国街道(旧山陽道、現在の国道2号線)が開通してからは滝のそばに数件の茶店ができました。旅人達が淡路島を見ながら一休みしたのでしょう。
 
滝は昭和になっても4か所 (駒捨の滝、琵琶の滝、恩地(おんぢ)の滝、白滝)あったとされています。今では山陽電鉄の「滝の茶屋」駅にその名が残るのみで跡形もありませんが、この滝が「垂水」の地名の由来になったものと推測されます。「垂水」というのは「垂れ水」、「滝」の事。
 
万葉集にも「石ばしる 垂水の上の さわらびの 萌えいずる春に なりにけるかも」の歌があり、延喜式(927年)の中にも、垂水郷の名が見えます。
 

西国街道を旅して須磨で句を詠んだ松尾芭蕉与謝蕪村もこの地の茶屋で休んだのでしょうか。
滝は枯れ、周囲に滝のつく地名はありませんが*3駅名が歴史を伝えています。滝の茶屋駅大正6年西国街道の道路上の路面停留場として開業し昭和7年12月に専用線路の開通と共に現在の場所に移りました。


滝の茶屋駅西100mの所に「白滝」だけが残っているようですが、水は少ないようです。
参考:おっ!とっと兵庫/兵庫の滝/神戸市の滝/白滝
神戸市HP 川を知ろう/滝/<垂水区の滝>滝の茶屋の滝
橋に「白滝川」と書かれているとの事。次回訪問時見てみます。
 
全国に他にも三軒茶屋、お花茶屋、天下茶屋など「茶屋」のつく駅名がありますが、それらの由来については鉄道が織り成す情景/駅名は歴史を語る(9)「茶屋」が詳しいです。
 

橋上駅舎の窓から見た駅。山側には住宅が迫っています。水平線が水平に見えないのはレンズのせい。

暑いのに、上屋が無い日差しの当たる場所までわざわざ行って海を見ながら電車を待つ人が時々居ました。汗をだらだら流しながらの撮影でした。
 
ビル特定協力:まじさんそいさん(超高層ビル景研究所)
フェリー特定協力:マキちーさん

滝の茶屋駅(2)に続きます。
 
2010-8-21 森田季節「ともだち同盟」舞台探訪@JR関西本線大河原駅(京都府南山城村)
2010-5-27 森田季節「ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート」舞台探訪@神戸市垂水区

●オマケ JR鶴見線海芝浦駅と「潮風の消える海に


2枚とも2001年3月23日撮影。兵庫へ引っ越す直前の初訪問で、曇りだったのが残念。
海が見える駅が重要な舞台の作品といえば、lightの「潮風の消える海に」(18禁、2007年)を思い出します。東京湾に面したJR鶴見線海芝浦駅(神奈川県横浜市鶴見区)が舞台でした。公式サイトのBG(舞台背景)のページと比べてみて下さい。
海芝浦駅は鶴見線海芝浦支線の終着駅ですが、改札口が東芝に直結していて関係者以外改札を出る事は出来ず、海を見て過ごすしかありません。

ゲーム冒頭より。ただ背景を使っているだけではなく、鶴見線沿線そのものが舞台になっているのがこのゲームのポイントです。海芝浦駅を訪れた7年後(発売1年後)に友人からこのゲームの存在を知らされて驚きました。他にも国道駅、浅野駅などが登場します。

*1:まちBBS ★垂水&滝の茶屋周辺★pt2の>>183

*2:ちなみにpixivにある森田季節タグのイラストは9月5日現在「原点回帰ウォーカーズ」関連1枚、「ともだち同盟」関連2枚の計3枚

*3:かつて西滝山(城が山)、東滝山があった

森田季節「ともだち同盟」舞台探訪@JR関西本線大河原駅

田舎のさびれた無人駅を訪ねて何もせずに帰ってくること、それが千里の趣味だった。駅の写真を安物のデジカメで撮影したら、後はひたすら時間を無駄に過ごす。(中略)そんな何もしない贅沢に、同じクラスだった大神弥刀はボディガードとして各地へ連れまわされていた。(中略)


春休みの日曜日、二人は電車を乗り継いで関西本線の大河原(おおかわら)という駅にやってきた。大げさな路線名の割には一日の利用者が百人程度という閑散とした駅だ。

森田季節「ともだち同盟」(2010年6月、角川書店)より

8月19日、森田季節さんの「ともだち同盟」のプロローグに登場するJR関西本線大河原駅に行ってきました。

大きな地図で見る
所在地の京都府相楽郡南山城村京都府で唯一の村だそうな。地図を「写真」に切り替えると山だらけ。

森田季節作品の舞台探訪記事は、MF文庫Jで出版されたデビュー作「ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート」を既に掲載しています。
森田季節「ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート」舞台探訪@神戸市垂水区

関西本線は王寺までは良く利用していますが、奈良以東を乗車したのは初めてです。

千里と弥刀と同じく青春18きっぷ(1回分をハブさんから購入)を利用しました。ともだち同盟のこの場面は春だけど。

大阪から乗って来た221系大和路快速から、加茂駅で亀山行きのキハ120形に乗り換えます。千里と弥刀は神戸市在住だからこのルートで来ているはず。関西本線JR難波から奈良、亀山を経由して名古屋とを結ぶ路線ですが、今や運行は加茂と亀山を境界に三分割されています。目指す大河原は加茂から2駅目、所要時間は16分。

車内。笠置までは立ち客が居ました。加茂を出てから木津川沿いの渓谷を走り、美しい車窓風景を楽しめました。そこの写真は有りませんが。

ここから大河原駅構内

右カーブを曲がると駅の全景が見えて、

列車はホームに滑り込みました。大阪駅から一時間半です。

駅構内は不自然なほどに広い。この路線が昔は立派な幹線だったせいだ。のぼりとくだりの向かい合っている線路の間には撤去された線路の跡が二本。今も現役のホームも十両の車両を止めてもお釣りが来そうなほど長い。今、ここに来る一両や二両のディーゼルカーは都会に迷いこんだ子供みたいに居心地悪そうにしている。


確かにホームは幅が狭い割にやたらと長い。
関西本線の前身の関西鉄道は、大阪〜名古屋の連絡を巡って明治30年代には官鉄(東海道本線)と争い運賃値下げ合戦、食堂車の連結などをしました。国有化後も東海道本線近鉄と張り合った立派な幹線でした。
しかし関西本線は昭和31年の東海道線全線電化完成、昭和34年の近鉄ノンストップ特急運転開始、昭和39年の東海道新幹線の開業など他路線のスピードアップの影響を受けて衰退して行きました。

降りた亀山方面行きホームにあった待合所。側面はレンガ、裏は板張り、柱と梁はレール・・・

アメリカのテネシー社の1923年製のレールばかりが使われていました。写真(左90度回転)は一番はっきり読めた刻印ですが、末尾しか有りません。
OH TENNESSEE 6040 ASCE 2 1923 工
画像1 画像2 参考:古レールのページ/北陸〜近畿地域のJRで見た古レール

その駅で降りたのは千里と弥刀だけだった。千里はゆっくりと加速してホームから離れていく列車をズームしたカメラで撮影すると、屋根のない跨線橋にあがって駅を眺める。



私の他に二人降りました。

ズームで撮影してみた。


実に開放的な跨線橋

東、柘植・亀山方面を望む。

西、加茂方面を望む。山と川に挟まれた駅です。
右端の柘植方面行きホームの長さに注目。山にぶつかるまで続いています。左に今は使われていない行き止まりの貨物側線と未舗装の貨物積み込み用ホームがあります。大河原駅の貨物営業は1970年廃止*1関西本線亀山〜木津間を走る貨物列車も1987年のJR化で廃止されました*2


「撤去された線路の跡が二本」と森田季節さんは書いていますが、1973年に撮影されたD51 885と急行「かすが」の写真を見ると撤去されたのは二線では無く一線と分かります。

1971年11月21日に撮影された、大河原駅を発車するD51 703牽引の貨物列車。「機関車留置線」VOL 48  D51特集より転載(御自由にお使いくださいとの事なので)

弥刀は待合室のベンチに座って、千里が戻ってくるのを待っていた。時刻表は一時間の帯ごとに一本の電車が昼間のうちはきれいに並んでいる。逆方向の電車も二十分後まで来ない。

さっきは「列車」と書いていたのに今度は「電車」・・・?

ホームから見た駅舎の待合室。

弥刀が座ったベンチはこれなのでしょう。

確かに一時間一本が並んでいて、亀山行きが発車してから加茂行きが発車するまでは約20分の間隔があります。時刻表はこの待合室にしか有りません。ちなみに、赤枠内は第二土曜日は線路保守のため運休するので注意。

これが駅舎。ホームの上に建っています。関西本線は趣のある木造駅舎が多いだけにがっかり。あまり古くは見えませんが、「日本の駅」(1972年、鉄道ジャーナル社)によれば1954(昭和29)年3月の築だそうです。
数年前には駅舎側面の「駅」の字が取れて「大河原」になっていたようですが、今は何故か全部無くなっています。

入口の上には木製で手書きの駅名看板が掛かっていました(字が薄くなって見えないけど)。これはいつの物なんでしょう。

駅舎の土台となっている貨物用ホームの赤レンガが歴史を感じさせます。イギリス積みでした。

駅前には国道163号線があり、崖の下に木津川が流れています。

大きな河原があるから大河原か。

駅から見える欄干の無い橋(潜没橋、増水時には水没する)は対岸の恋志谷神社(後醍醐天皇の側女の悲恋の伝説がある)にちなみ恋路橋と言うそうです。昭和20年3月にこの橋が架けられるまでは渡し舟が北大河原・南大河原の集落を結んでいたとか。
参考:JA京都やましろ やましろ探訪 恋とロマンの里 恋志谷神社と恋路橋


反対方向の大河原大橋の付近には1919(大正8)年に建設された大河原発電所があります。木津川を利用した水力発電所で、資材の輸送に大河原駅が利用されました。現在も現役で、レンガ造りの発電所本館などが土木学会から重要な土木構造物2000選に選ばれたそうです。
参考:KINIAS - 近畿産業考古学会 近畿の産業遺産 大河原発電所

跨線橋を下りると、千里は深呼吸を一回してから、ごろんとホームに横になった。両手を広げた大の字の姿で。(中略)千里は晴れた日に閑散とした田舎の駅に行くと、たいていごろんと横になる。それが千里いわく、バカンスなのだ。


跨線橋を下りると」となると、駅舎に近いこの辺りかな?

絵的にはこの跨線橋の上り口とは反対側(幅約2.7m)が良いかと。この記事の最初の写真もここ。どうせ誰も見てないのでちょっと千里の真似をしようとしてみたけど、ホームが熱すぎますw

「細かいことを指摘されては興ざめです。ほら、この雲ひとつない青空をごらんなさい」
「雲、少しはあるけど」
「だから、細かいことはいいのです。このヤケクソみたいな、とても頭の悪そうな青空を見ているとなんだか心が広くなった気になりませんか?」


良い空だ・・・。

駅はミュートのモード設定がされたみたいに静かで、耳をすますと太陽の光が落ちてくる音まで聞こえてきそうだった。

実際はそう静かでも無く、国道を通る自動車の音と夏だからミンミンゼミやツクツクボウシの声が聞こえて来ました。

「キハ120形が来ます」と言って千里は起き上がる。


私が大河原駅に降りてから約20分後、加茂行きのキハ120形が現れました。

長大なホームには不釣合いな1両編成。

近在の老婆一人を降ろした一両の列車は二人が乗らない事を確認すると、遅い速度で逃げていく。遠くに行くにしたがって列車はマッチ箱に変わり、やがて見えなくなった。



この場面の列車は千里と弥刀が乗って来たのとは逆方向の加茂行き。「列車は二人が乗らない事を確認すると」となると二人はその加茂行きのホームに居た事になります。

「さて、次の電車は四十分後ですね。もう一眠りするにはちょうどいいでしょう。」
千里は弥刀を引っ張って、またホームに寝転がった。

私は一眠りする余裕なんて無く、慌しく写真を撮って他の駅にも寄りたかったのでその40分後の列車に乗り、大河原駅には一時間の滞在でした。また機会があればのんびりしてみたい駅ですね。恋路橋も気になるし。

駅への旅・駅からの旅/関西本線大河原駅
↑もっと大河原駅を知りたい方はこちらをどうぞ。
ともだち同盟には他にもいくつもの駅が登場しますが、山陽電鉄月見山駅滝の茶屋駅などは近々行くつもりです。

9月にハヤカワ文庫JA(!)から新刊「不動カリンは一切動ぜず」が発売予定。
http://www.bk1.jp/product/03305596

●オマケ

大河原駅から東へ2駅隣の島ヶ原駅の駅舎。関西鉄道開業時の明治30年の築だそうです。関西鉄道社章入りの瓦が残っていたようですが*3、もう有りませんでした。

関西本線柘植駅の粋な「おかえりなさい」階段。カタカナでイが左右反転してたら泣けるな。
古レールと木造のこの跨線橋は相当古い物です。レールに八幡製鉄所のマルエスマークがあるのは分かりました。

近鉄名古屋線伊勢朝日駅。P17の最後の行の千里のセリフに釣られて来ました。18きっぷさえ有れば近鉄は片道200円で良いけど、2時間もかかるぞ。伊勢朝日駅は引き返せない駅なの。

*1:大河原駅 (京都府) - Wikipedia

*2:関西本線 - Wikipedia

*3:羽森康純・高田征洋共著「片町線草津線関西本線そのルーツと鉄道文化を探る」1997年3月、トリオ印刷 P116

ブックファースト阪急西宮ガーデンズ店の森田季節さん「ともだち同盟」サイン色紙

きーぼー堂2010-7-1 森田季節さんの新刊「不堕落なルイシュ」「ともだち同盟」発売中

ブックファースト阪急西宮ガーデンズ店に森田季節さんが6月末に発売された「ともだち同盟」のあいさつまわりに何とはるばる福井からいらっしゃったようです。本人のブログに書かれていました。

森田電鉄 あいさつまわりに行ってまいりました

店員さんの許可を得て色紙の写真を撮らせてもらいました。指は店員さんの。
ここには写っていませんが店が用意した手書きPOPと、確認時点で12冊サイン本が置かれています。お近くの方はどうぞ。


森田さん神戸市民だったはずなのにわざわざ神呪寺まで初詣に来てたんですね。急いで撮ったもんで左上が切れてる・・・。

8月9日撮影、9月27日追加。西宮北口・アクタのジュンク堂書店西宮店の物です。
「西宮は北のほうを登山のためによく歩きました。なつかしい・・・。」


作中の舞台のうち神戸電鉄箕谷駅についてはnonkiさんが早くも舞台探訪レポートをアップしています。
nonki@rNote「ともだち同盟」現地探訪−箕谷駅から


きーぼー堂2010-5-27 森田季節「ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート」舞台探訪@神戸市垂水区